モザイクとぼかしと塗りつぶし、どれを使うか
三つの処理が実際に何をしているか、どれが情報を壊してどれが壊したふりをしているか、そして「モザイクは復元できる」という話がどこまで本当か。
短い答えから書きます。本当に漏れて困るものには塗りつぶしを使ってください。十分に粗いモザイクはその次に強く、ぼかしはいちばん弱い。見た目の印象と、実際に残る情報量の順番が一致していないので、この三つは分けて理解しておく価値があります。
ここで扱うのは、書き出したあとの平坦な一枚の画像の話です。加工が独立したレイヤーとして残る形式、たとえば資料の上に置いた図形や、注釈が別オブジェクトとして保存される PDF は、そもそも隠せていません。受け取った側が動かせるからです。以下は画像として焼き込んだ前提で読んでください。
三つの処理が実際にしていること
モザイク(ピクセル化)
領域を格子に分け、各マスの中の画素を全部その平均色で塗りつぶします。一マスの中にあった濃淡は、平均という一つの数字に潰されます。潰した情報は戻りません。ただし、残る情報の量はマスの大きさに完全に依存します。一マスが二画素なら、その画像はまだほとんど元のままです。
ぼかし(ガウシアンぼかし)
各画素を、周囲の画素の重みつき平均で置き換えます。輪郭は溶けますが、大きな明暗の構造は残ります。そして重要なのは、これが数学的には既知の畳み込み演算で、逆向きの計算がある種類の処理だということです。ぼかしの半径が小さければ、逆畳み込みでかなりの部分が戻ります。写真の見栄えとしては最も自然ですが、目隠しとしては最も弱い。
塗りつぶし
領域を一色で置き換えます。残るのは「そこに何かがあった」ことと、隠した領域の大きさと形だけです。復元する対象が存在しません。見た目は無粋ですが、無粋であることが機能です。読者に「ここは意図的に消してある」と伝わるという副次的な利点もあります。
「モザイクは復元できる」はどこまで本当か
この話には根拠がありますが、そのまま一般化すると嘘になります。公表されているものを二つ挙げます。
一つは、McPherson、Shokri、Shmatikov による 2016 年の "Defeating Image Obfuscation with Deep Learning"。モザイクやぼかしをかけた画像を、機械学習で識別し直せることを示しました。ただし対象は候補があらかじめ限られたデータセット、たとえば手書き数字や決まった人物集合の顔で、任意の写真から任意の文字列を読み出したわけではありません。「候補が少ないものを当てる」課題です。
もう一つは、Bishop Fox が 2022 年に公開した Unredacter という手法。ピクセル化された文字列に対し、同じフォントで候補文字列を作り、同じピクセル化をかけて結果を照合するという総当たりです。これが効くのは、フォントと文字の配置がわかっていて、処理の条件が推測でき、文字列が短くて書式が決まっている場合。六桁の認証コード、決まった書式の車両番号、固定長の会員番号はまさにその条件を満たします。
逆に、この二つから言えないことも明確です。十分に粗いモザイクを平坦な画像に焼き込んだうえで、中身が任意で長い文章なら、探索空間が広すぎて同じ手は通りません。「モザイクは常に復元できる」は誤りですし、「一度モザイクをかけたら安全」も誤りです。効く条件が具体的にあり、その条件を避けられるかどうかが判断の中身です。
判断の基準
- 中身が短く、書式が決まっていて、候補が数えられる。六桁のコード、四桁の暗証、ナンバープレート、固定長の番号。ここは塗りつぶし一択です。モザイクの粗さで対抗しようとしないでください。
- 中身が長い自然文で、なおかつ公開しない。粗いモザイクで実用上足ります。粗さの目安は、一文字が二マスに収まらないくらい。文字の輪郭が残っているなら粗さが足りていません。
- 公開する、あるいは取り消せない場所へ出す。中身が何であれ塗りつぶし。判断のコストを払うより一色で潰したほうが速い。
- 顔を隠す。塗りつぶすのが確実です。それが画像として不自然になるなら、その部分ごと切り落とすほうが、弱い処理で残すよりよい。
- 見た目を整えたいだけで、隠す意図がない。たとえば背景の雑然としたものを目立たなくする。ここがぼかしの本来の使いどころです。
やりがちで、効いていない隠し方
- 半透明の黒帯。黒く見えても不透明度が下がっていれば、明るさを上げるだけで読めます。塗るときは不透明度を確認してください。
- ぼかしを弱くかける。輪郭が「なんとなく読めそう」に見えるなら、それは読めます。
- 文字の一部だけを隠す。「090-****-1234」の形は、隠していない部分が桁数と書式を教えているので、探索空間を自分で狭めています。
- 加工がレイヤーのまま残る形式で書き出す。資料に貼った画像の上に置いた四角、注釈オブジェクトとして保存された PDF。受け取った側が動かせます。
- 動画から一コマだけ処理する。前後のコマに同じものが写っていれば意味がありません。
- 隠す領域が狭い。文字の上端が一列見えているだけで手がかりになります。周囲の余白ごと隠してください。
Marka での三つの方式
Marka は目隠しを三方式そのまま持っています。モザイク、ぼかし、塗りつぶし。強度のスライダーがあり、ブラシの太さは三段階。使い方はなぞるだけで、対象の上を通した範囲が処理されます。細かい領域は細いブラシで、広い領域は太いブラシで一息に。取り消しは 100 段階あるので、迷ったら広めに塗って戻せます。
このうち無料で使えるのはモザイクだけで、ぼかしと塗りつぶしは Pro です。この線引きは正直に書いておくと悩んだところで、いちばん強い塗りつぶしが有料側にあります。無料でも「粗いモザイクを広めにかける」は完全にできるので、日常のやりとりはそこで足ります。取り返しのつかない場所へ出す一枚のために、塗りつぶしを買うかどうか、という形の判断になります。Pro は買い切りで、iPhone と iPad と Mac をまたいで一度の購入です。
よくある質問
モザイクとぼかし、どちらが安全ですか。
粗さと半径が同じ程度の見た目なら、モザイクのほうが安全です。ぼかしは周囲の重みつき平均なので、大きな明暗の構造が残り、逆向きの計算で戻る余地があります。モザイクは一マスの中身を平均という一つの値に潰すので、マスが十分大きければ潰した情報は残りません。ただしどちらも、中身が短く候補が限られる場合には弱い。
モザイクの粗さはどれくらいにすればいいですか。
文字の輪郭が読み取れなくなるまで。目安として、一文字が二マス以内に収まる粗さなら、その文字の形は残っていません。仕上がりを拡大して見て、「なんとなく何と書いてあるか見当がつく」なら足りていない、と考えてください。
一度モザイクをかけた画像を、あとから元に戻せますか。
あなた自身が戻すことはできません。書き出したのは平坦な画像で、下に元のピクセルは残っていないからです。剥がせるレイヤーがあるとすれば、それは書き出し方が間違っています。第三者が推測で当てられるかどうかは別の問題で、中身が短く書式が決まっている場合にだけ現実的な危険になります。
公開されている復元の研究は、実際どれくらい危険なのですか。
条件が揃えば現実的な危険です。フォントと処理条件がわかっていて、候補が数えられるくらい少ない短い文字列。認証コードやナンバープレートがこれにあたります。逆に、長い自然文に粗いモザイクをかけた場合は、探索空間が広すぎて同じ手法は通りません。危険なのは処理そのものではなく、中身の推測しやすさです。
塗りつぶしなら何を隠しても大丈夫ですか。
隠した中身は戻りませんが、隠した領域の位置と大きさは残ります。文の途中の一語だけを厳密な幅で塗ると、文字数が伝わります。行ごと、あるいは項目ごとに、余白を含めて広めに塗るほうが確実です。
無料のモザイクだけで足りますか。
相手が限られていて取り消しがきく送り先なら、粗いモザイクを広めにかけるやり方で足りることが多い。足りないのは、公開する場合と、中身が短く推測しやすい場合です。そこでは塗りつぶしを使ってください。Marka では塗りつぶしとぼかしは Pro に入っています。
Marka でやってみる
Marka は iPhone・iPad・Mac 用のスクリーンショット注釈アプリです。見せたくないところをなぞってモザイクにし、見せたいところに矢印を置き、手順に番号を振り、投稿先の比率に切り抜いて送る。処理はすべて端末内で完結し、アップロードもアカウントも計測もなく、ダウンロードは 2.4 MB。画像を開く・切り抜き・モザイクブラシ・書き出しは無料で、Pro は 3 機種共通の買い切りです。